ぐるぐるデイズ

30代、転職に失敗したワーキングマザーが再起を図るブログ

自己紹介:ぐる子について

こんにちは、「ぐるぐるデイズ」運営者のぐる子です。

このページを訪問してくださってありがとうございます!

 

お陰様で、2015年に開設したこのブログも3歳になりました。

ここ数年で私自身や家族にも色々変化があったので、改めて自己紹介のページを作りました。

読んでいただいて、少しでも「どんなヤツが書いてるの?」が伝わればいいなと思います。

 

profile

H   N
 ぐる子
性  別
 女
年  齢
 36(1982年生まれ)
血 液 型
 A型
家族構成
 夫(36)長男(5)次男(0)
居 住 地
 東京
性  格
 心配性
趣  味
 映画鑑賞、子どもの写真を撮る
特  技
 文章を書く、見切り発車

 

ぐる子の“これまで”

私の半生を書いてみました。

子ども時代に始まり、ブログ開設、そして今日に至るまでの流れをツラツラと… ぐちゃぐちゃと悩み多きブログを書いている私の「背景」が、よくお分かりいただけるのではないかと思います。

(長文ですので、興味のない方は飛ばしてくださいね!)

 

人生のピークは小学生時代(笑)

今のところ、人生のピークは小学生時代(早いところ上書きしたいものです)。

どういうわけか勉強しなくても成績がよく、テストもめちゃくちゃカンタン。大体いつも100点でした。6年間学級委員で友達もたくさんいたし、人生なんか楽勝だと思っていたのがこの頃です。

 

中学受験で、場違いな環境に…

ところが、調子に乗って受験した進学先の中学校で痛い目に‥。同級生がみんな優秀すぎて、全然ついてけないのです!

授業はチンプンカンプンなので全く発言できず、テストでは常に最下位を陣取り、一年生の途中で既にどう頑張っても巻き返せる気がしなくなります。

元々運動も得意ではないので、バレー部に属していましたがレギュラーにはなれず…。

当然学校がつまらなくなり、どんどんどんどん暗い性格に…。家でも毎日「勉強しろ」と言われてストレスMAX。イヤイヤながらも、どうにか通った3年間でした。

それにしても、今考えてもあの中学の同級生たちは怪物ですw 私は完全に場違いでした…。

 

引き続き、どんよりとした高校生活。しかし!

それでもどうにか、高校は県内の進学校へ入学しました。

ここでも暗く気難しい性格をひきずり(笑)まったくもって楽しくない高校生活の幕開けです。

周囲が興味のあること… 例えば音楽やファッション、恋愛、噂話などには全く興味がなく(アマノジャクだったので、あえて興味を持たないようにしていた部分もあったかも)学校では人と喋るのが億劫でした。でもこの頃、家に帰るとひたすら日記を書いたり、映画を観たりしていたことは、今に繋がっていると思います。

一年生の途中で、早くも授業についていけない科目が出てきます。特に数学と世界史が苦手。毎朝数学の小テストの追試に通ったり、世界史で赤点をとって親が呼び出されたりするようになりました。

 

十代にして半分死んだような自分の人生に、ほとほと嫌気がさし、限界だったのでしょう。

2年生の途中で唐突に「よし、(大学は)地元を出よう!」と決意。

誰も自分のことを知らない土地に行けば、人生変わるかも? そう思ったのです。国公立大学なら、県外であっても親は行かせてくれるはず。そう考えて、そこからはただひたすらに猛勉強。黙々と机に向かいました。

結果、実家から遠く離れた県の国立大学の人文学部に無事合格。大学入学と同時に実家を離れ、一人暮らしを始めました(もちろんまだまだ親のすねかじりで、仕送りをしてもらいながら、でしたが)。

今考えても、高2のあの時、唐突に地元を出る決意をして良かったと思います。

 

楽しかった大学生活。そして何となく就職

大学での4年間は、本当に楽しく過ごしました!

誰も自分のことを知らない、というのは気楽なものです。それまでの行動、言動パターンを変えることが容易になったお蔭で、少しずつ本来の自分らしさを人前に出せるようになりました。

深海魚の如くジッと息を潜めていた高校時代は、自分はコミュ障なんだと思い込んでいました。でも環境が変わったことで自分の振舞いも変わり、私って意外と大丈夫なんだ…ということを発見したのでした。

「コミュ障」というのは先天的・絶対的な「性格」なのではなくて、周囲の環境や自分の精神状態に大きく左右される「状態」に過ぎないのかもしれませんね。

大学では本当に良い友人や、仲間に恵まれました。学園祭の運営をしたり、遊んだり、バイトをしたりしているうちに、あっという間に4年間が過ぎてしまいました。

 

さて、楽しく過ごした大学生活も終わり、いよいよ社会人。

正直なところ大学には遊びに行ったようなもので、全くと言っていいほど勉強しませんでした。高校3年時には「心理学を専攻して、その分野の専門家に」と思っていたのですが、在学中に考えが変わり… というより、興味が失せ、将来の方向性は曖昧に。

専門的な知識や技術を習得することなく、何となく就活。何となく就職してしまいました。

 

新卒で入った会社。必死で働いた9年間

配属先が東京でしたので、大学卒業と同時に上京。

「何となく就職」した会社ではありましたが、結局その企業に9年間勤めました。

仕事は主に、新卒採用。厳しい先輩・上司の下についてしまい、仕事がしんどい時期もありましたが、振り返ってみればかなり頑張ったなと思います。失敗やトラブルはありつつも、上司や同僚からの信頼は厚い方でした(たぶんね…)。

人間関係も、社内でのポジションも悪くはなかったし、あのまま勤めていればそこそこ安定したかもしれない、とは思います。ただ、どうしても興味のある業界・業種ではないという気持ちは消えませんでした。

 

27歳で結婚。夫にはお金の問題が

就職した年に職場で出会った夫と、27歳の時結婚しました。

まあ色々と面白い人で、一緒にいて飽きることがありません。今でも夜中に話し始めたりすると、すっかり夜更かししてしまうこともあるくらいです。

ただ、結婚前から分かってはいたのですが、夫はお金の問題を抱えていました。

過去に作った借金の返済が終わっていなかったり、付き合い始めてからも、アルバイトを転々とした結果全くお金が貯まらなかったり、せっかく就職した会社も倒産したり、一念発起して会社を立ち上げたはいいものの、取引先からの未入金が続いたり…。

こうして書いてみると、なかなか悲惨ですね。なんで結婚したの?という疑問の声が飛んできそうですが… それは、私の特技が「見切り発車」だからです(笑)

ただ当然のことながら、夫のお金の問題は配偶者である私にとっても他人事ではありません。家計を回すために、結婚後はいよいよ躍起になって仕事に励みました。

 

長男を出産後、ある「焦り」が…

30歳の時、長男を出産しました。

妊娠発覚直後から産むまで、長い長いつわりに苦しみましたが、そんなことは忘れてしまうくらい子どもは可愛い! 正直、それまであまり子どもが好きではなかった私には意外な発見でした。適当育児ですが、今のところ長男はとても良い子に育っていると思います。

ただ長男が生まれたことで、自分の中での焦りが大きく膨らみ始めます。

0歳児のお世話をするだけで飛ぶように過ぎていく毎日に、恐怖を感じてしまったのです。特に、自分の仕事に関する疑問と焦燥感は尋常ではありませんでした。

私にとって、当時の仕事の難易度はかなり下がっており、そのまま同じ会社にいてもキャリアアップにはならないのではないかと感じていました。年齢も30を過ぎてしまった、転職するなら今しかないのでは?

そう考えた私は、復職後半年で半ば衝動的に転職をしてしまいます。これが転落のはじまりでした。

 

モラハラ上司との遭遇、3ヶ月で転職先を辞める

採用含め、幅広く人事系の業務を任されるポジションに転職することができ、かなり張り切っていた私。ところが、そこで遭遇した直属の上司が最悪のモラハラ男でした。

曖昧な指示、謎の俺ルール、共有されない情報、後出しの叱責、一日中浴びせられるモラルに欠けた台詞、休日でも夜中でも早朝でも鳴り続けるLINE…

などなど、思い出したくもないことが山ほどありました。

何をやっても、またやらなくても怒られるという状況にすっかり疲弊してしまい、わずか3ヶ月でその職場を退職する結果に終わります。前職では、どんなに難しい仕事でも必ずやり遂げてきた!と自負していた私にとって、これはかなりショッキングな出来事でした。

 

零細同族会社に営業事務として就職

精神状態を落ち着ける暇もなく、私は次の職場を探しました。なぜならこの間も、一家の大黒柱は私だったからです。

無職期間はわずか一週間(笑)今度は小さな商社の営業事務として、紹介予定派遣で入社しました。

しかし後から分かったことですが、この会社は同族会社。私が下に就いて働くことになったのは、社長の息子である超・横暴な営業担当でした(しかもデブ)。そして、親族以外の社員は朝から終業まで愚痴ばかり…

それでも前職のモラハラ上司の攻撃よりはだいぶマシでしたので、どうにか自分を誤魔化しながら働きました。

ほぼ残業なしで17時には帰れる、しかも正社員、という好条件でしたので、保育園児のいる私にはありがたい職場であったことも確かです。

 

私に「書く」ことを勧めてくれた夫

この商社で働き始めた頃、私は「書く」ことを始めました。

きっかけは入社当初、仕事が暇過ぎて苦痛だと夫に話したら、「NAVERまとめ」で記事を書いてみたら?と勧められたことでした(就業時間中に!)。

そこで多少の後ろめたさを感じつつも、NAVERのアカウントを取得し、仕事中の暇な時間を利用してまとめ記事を書いていました。すると驚いたことに、それがお金になったのです。初月は数百円、その後は数千円… 2万円近く稼げた月もありました。驚きました。

と同時に、「自分の書く文章には需要があるのだ」と知り、とても嬉しく思ったことを憶えています。

 

『ぐるぐるデイズ』の誕生!

しばらくすると、夫が今度は「これだけPV(ページビュー)があるのなら、『NAVERまとめ』じゃなくて、独自ブログを作った方が稼げる!」と言い始めました。

私も他人の引用で記事を書くことに疑問を感じ始めていたのと、もっと好きに自分のことを書きたい、という気持ちが大きくなりはじめていたのとで、「やってみる」と答えました。

ドメインだのサーバーだの、そのあたりのことは当時は全く分からなかったため全て夫任せ。環境は夫に整えてもらい、私は書くだけ… そんなふうにしてこの『ぐるぐるデイズ』は始まりました。

前職で経験したモラハラのことなども、自分の中での決着をつけるためにも詳細に書き綴りました。いつもいつも、心配でたまらないお金の問題も…

最初の一年はほとんど収入にはなりませんでしたが、今では月10,000~20,000円を生み出してくれるブログになりました。まだまだ大きな額ではありません。でも、充分な可能性を秘めた数字だと思っています。

 

私に「ブログ」というきっかけを与えてくれた夫ですが、その後ある企業で正社員になりました。

私は働いていた同族会社を退職し(2年半勤めました)、しばらくして次男を妊娠。またしても産むまで、長い長いつわりに苦しむこととなり、ほぼ寝たきりでした。そのため「会社を辞めて、その分ブログを書く」という当初の目的を果たすことができませんでした。

今は夫が、我が家の経済的負担を一手に引き受けてくれている状態で、申し訳ないと感じています。でも、ブログはこれからたくさん書けばいい!30代半ばで2人目を妊娠・出産できたことは、本当にラッキーだったと思います。

 

2018年9月現在、我が家は夫婦+5歳児+0歳児の4人家族です。

 

ぐる子の“これから”

こうして自己紹介を書いてみると、平凡で特に語る価値はないだろうと思っていた自分の半生でも、多少の特色はあるものですね。

 

今後ですが、長男の小学校入学に合わせてUターン移住(私の地元への引越し)を計画しています。

ブログは次男の子育ての話と並行して、Uターンの話が多くなるかもしれません。

また、私個人のスキルアップについても。できれば私はもう会社員には戻りたくありませんので、組織に属することなく継続的な収入を得る方法を模索していきます。

 

おそらく人より「ぐるぐる」しやすい性格の私、日々の悩みは尽きません。が、そうしたことも全てこのブログに綴っていきます。『ぐるぐるデイズ』というブログのタイトルは不意に思いついたものでしたが、私の性格、そしてブログの内容にピッタリだなあと改めて思いました…

私の「ぐるぐる」が、読んでくださる誰かのお役に立てますようにと、願いを込めて!

 

2018年9月 ぐる子

 

 

 

公開日:
最終更新日:2018/09/06