ぐるぐるデイズ

30代、転職に失敗したワーキングマザーが再起を図るブログ

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◆タロウ育児日記 生後0ヶ月② 出生届を提出、正式に名前が決まる



生後0ヶ月、2週目の記録

◆月7日(土)

じいじ(私の父)襲来。首が座っていないので、「おっかない」と抱っこは1回だけ。「写真機」(カメラ)でタロちゃんと2ショットを撮る。日帰り。

元々、じいじ(私の父)はこの世で最も私をイライラさせる人物だったので、なるべく産後は会いたくありませんでした…。

特別、関係が悪いという訳ではないのですが、まあ、話が通じないというか何というか。母もよく、父にはイライラしています。

私が里帰り出産を希望しなかった理由には、父の存在もありました。何かと口うるさい人上にちょっとズレてる人なので、お互いロクなことにはならないだろうと。

そんな訳で産後のヘルプは母だけの予定でしたが、父もどうしても初孫の顔を見たかったのでしょう。はるばる新幹線で東京まで出てきて、タロウを抱っこし、写真を撮って帰っていきました。

滞在時間は2時間程度だったと思います。父なりに気を遣ったのでしょうか。でも県外からわざわざ新幹線で来て2時間だけ、というのは… さすがにちょっと可哀想だったかな… と後になって反省しました。

 

 

◆月8日(日)

未記入

 

◆月9日(月)

未記入

 

◆月10日(火)

(タロウが)なかなか寝ない時間帯が。母乳が足りなくてお腹が空いているのか?でも、乳も痛いし。どうしたらいい。

タロウの吸いつきが浅かったのか乳首が切れてしまい、この頃の私はすっかり授乳が憂鬱になってしまっていました。

既に入院中には乳首に血が滲み始め、ベビーバーユを処方されていました。「これだったら赤ちゃんに影響はないから、塗っても大丈夫よ」と…。でも、塗ったところで数時間おきに授乳しなくてはならいのですから、傷が塞がる暇もありません。

かなり長い期間、痛みを我慢しながらの授乳だったと記憶しています。

 

先に出産した知人から、Facebook経由で「授乳って、すっごい幸せですよね~?」というメッセージが届いた時も、返信に困りました。

「そうですか?私は痛くて憂鬱ですよ」なんて返すわけにもいかないし…。

 

 

◆月11日(水)

区役所へ出生届を提出。正式に名前が決まる。一緒に児童手当の申請も済ませた。タロウの銀行口座を作らねば。

出生届は産後14日以内に提出しなければなりませんが、そろそろ期限が迫ってきていました。

外は寒いし、まだベビーカーも抱っこ紐も買っていなかった私は、タロウを連れて外へ出ることはできません。今思えば、準備悪すぎですが…。

用紙は産院でもらっていたので、私が記入し、夫に区役所へ提出しに行ってもらいました(仕事は半休とってもらいました)。

ようやく届け出を済ませ、正式に名前も決まり、ホッとしたことを憶えています。産後14日以内、というのは、時間があるようで全然ないものですね!

 

 

◆月12日(木)

ばあば(私の母)、家へ帰る。

約1週間、我が家に泊まり込んで面倒を見てくれた母が、家に帰る日がやってきました。

母は料理がとても上手なので(そして私は料理がとても下手なので)、来てくれて本当に助かりました。長いこと悪阻のせいで何を食べても美味しくなかったのが、出産後は母の手料理をたくさん食べたお蔭で体力が戻ってくるのを感じました。

ただ、やっぱり実母だけあって遠慮がないし、こちらも言わなくてもいいことを言ってしまったりして、互いに何度かイラっとしてしまう場面があり…。1週間で丁度よかったと思います。

 

◆月13日(金)

未記入

この週は未記入の日が多く、余裕がなかったのでしょうね。とにかく眠くて、乳首は痛いし、トイレも滲みるし… 身体的には想像以上にしんどい毎日でした。

両親も、夫も、息子を見る人は皆「かわいい、かわいい」の連呼でしたが、私自身は「かわいい」と思う余裕すらなかったように思います。いや、かわいくなかった訳じゃないのですが、そんなことより何よりとにかく「死なせちゃいけない」というのが一番で、必死でした。

それまでは自分でも自分のことを、割と穏やかな性格だと思っていたのですが、この頃は相当気が立っていたのでしょう。夫がやたらと能天気に見えて、腹が立つようになったのもこの頃からです(汗)


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公開日:
最終更新日:2017/03/09